私は、新卒で歯科衛生士の臨床に入らず、歯科メーカーに就職しました。
現在はフリーランス歯科衛生士として臨床にも出ているのですが、臨床で患者さんやスタッフとコミュニケーションをとる中で、メーカー時代の経験が活きている!と感じることがあります。
それが、「伝える力」です。
なかなかメーカーの歯科衛生士と言われても、どんな仕事をしているのか想像がつきにくいですよね。
私がメーカーで配属されたのは、商品の「営業」をする部署でした。そのメーカーの商品を売り込み、販売するのが仕事です。具体的には、セミナーの講師をしたり、歯科医院に1件ずつ回って商品の説明をしたり。歯科医院の院内で行う場合もあれば、大きな会場で商品の使い方や、皆さんからいただくQ&Aに応える場合もありました。
大規模な説明会では特に、伝える力の重要性を実感していました。
メーカー歯科衛生士として身につけた「伝える力」が、臨床現場でも大いに役立った経験について、今回はお話ししたいと思います!
メーカー勤務での経験を、臨床でどのように活かすか、具体的な方法や実例を交えて解説します。今日から実践できるヒントも盛り込んでいるので、教育やマネジメントに関わる歯科衛生士の方にぜひ読んでほしい内容です。
歯科メーカー勤務で学んだ「伝える力」3つのポイント
メーカー時代、私は歯科クリニックや大規模なセミナーで製品説明や講習会を担当していました。毎回状況が違うため、当日の状況・場面・話をする相手に応じて、伝え方を調整することが求められる仕事でした。
そんな経験の中で私が感じていた、「伝えるための3つのポイント」をお伝えしていきます。
- 相手の疑問を引き出す
- 相手の目線や理解度に合わせる
- 具体的に提案する
まずは「相手の疑問を引き出す」ところから
セミナーなどで製品や知識を伝える時、まず意識したのは「相手の疑問を引き出すこと」です。
せっかく皆さんの貴重な時間を、このセミナーや講演会に使ってくれているのです。できるだけ相手の望んでいることを説明できたら、という思いでした。
私の話し相手は主に歯科診療の従事者ですが、歯科医師、歯科衛生士、歯科助手など、セミナーに集まってくれる方々の知識量、知識レベルはさまざま。
院長から言われたからセミナーに来た人、自腹で申し込んで来てくれた人、実際に患者さんを担当していて問題に直面し、解決方法を探しに来た人、これから歯科医院でのやり方を変えようと思っている人、、、
本当にそれぞれでした。
ではどうやって、個々の疑問を引き出すのか。
私は、相手に直接聞くことで、引き出していました。
「もし今何か困っていることや、聞きたいことがあったら教えてください」と、セミナーの冒頭で言ったこともあります。
特に大きな会場の場合は、相手の表情などもわかりにくいため、セミナー中に広い会場の後ろまで歩き回りながら「これはどう思いますか?」「あなたならどうしますか?」と声をかけながら話しました。
こうした問いかけは、相手が考えるきっかけになり、具体的な疑問や悩みを引き出すことができます。単に一方的に話すだけでは相手に響かないことも多く、質問を通じてコミュニケーションを作ることが重要でした。
目線や理解度を合わせると、相手に響きやすい
セミナーで伝える時に意識していたこと2つ目は、相手の目線や理解度に合わせることです。
理解度に合わせると言っても、先ほどもお伝えした通り、相手の知識量、理解レベルはさまざまです。そういうときは、低いところに合わせていきます。
専門用語をなるべく簡単な言葉に置き換えたり、例え話を用いたりして、理解度に応じて話の組み立てを調整していきます。また、男性の方が多い場合は研究データを用いて説得力が増すような内容にすることもありました。
そして、こちらの説明の後、相手がどのくらい理解しているかをその都度確認しながら進めていきます。そうすることで、相手がどこまで話について来てくれているのかを判断し、その後の説明に組み込んでいくことができます。
相手の理解度や目線に合わせる工夫をしていたことで、「また話を聞きたい」ととても好評をいただき、「できれば1人目の患者さんの施術の時に来て欲しい」とオファーをいただくこともよくありました。
具体的に提案することで、想像しやすくなる
もう1つ意識していたのが、具体的に提案するということです。
たとえばホワイトニングのセミナーで、患者さんに伝えて欲しい注意点を説明する時。ただ「ホワイトニング中は着色物は良くない」と言うだけでは、なかなか伝わりません。実際に「ホワイトニング中だけど、コーヒーやワインを楽しみたい」という患者さんがいたら…というシナリオを用いて、「ホワイトニングを妨げるからできれば避けて欲しいけど、ストローを使えば着色を最小限にできますよ」という伝え方をお話ししました。このように具体的な状況を例にして話すと自分ごととして理解しやすくなり、相手は自分の患者さんに置き換えて理解でき、納得して患者さんに伝えることができると思います。
また、製品提案の場面。患者さんの中に、無意識のうちに歯や歯肉に力を入れすぎてしまう癖のある方がいて、その方の歯ブラシの選択に悩んでいる歯科衛生士さんがいらっしゃいました。そんな場合は、ただ歯ブラシの性能を伝えるだけでは十分ではありません。柔らかい歯ブラシの提案と、TBIにて実際に磨きながら、歯茎にも優しいことを伝えるようにお願いしました。その歯科衛生士さんは新人さんで、「これであってるかな?」と不安そうでしたが、その後患者さんが「これなら続けられそう」と言って購入を継続してくれていると嬉しそうに話してくれました。
生活習慣や癖に沿った具体的な提案は、患者さんが納得して製品を選ぶ上でも大きな効果がありますよね。具体的に行動できる形で提案することの大切さを学びました。
「伝える力」が臨床で活かされた瞬間
メーカー勤務で学んだことは、単に知識を伝えるだけでなく、相手の立場に立って考えることの大切さでした。相手の目線に合わせ、理解度に応じて言葉を選び、具体的なシチュエーションを示す。メーカー歯科衛生士として培った「伝える力」は、臨床現場で患者さんやスタッフさんに接する際にも大きく活かすことができるものでした。
患者さんへの説明、スタッフ間の連携、チーム全体の方向性を揃える時など、日々の診療の中で「伝える力」が必要とされる場面は非常に多いと感じています。
ここでは、私が実際に臨床で経験した具体的なエピソードを交えながら、伝える力が活きる瞬間についてご紹介します。
「How」を上手く使って思いを引き出す
臨床で何より「伝える力」が活きるのは、患者さんへ、治療法などについて説明を行いたい時です。
患者さんの不安や疑問に寄り添い、こちらの話をどの程度理解しているか判断しながら、患者さん自身の状況や思いに合わせて具体的に提案していく必要があります。これはまさに、私がメーカー勤務でやってきたことでした。
患者さんと話をする時は、質問方法のテクニックである「How」をうまく使うことで、効果的に話ができます。
たとえばホワイトニングについて患者さんにわかりやすく説明したい時。
患者さんの中には、ホワイトニングに興味はあるけど、曖昧なイメージしか持っていないという方も多いですよね。
私はまず、「ホワイトニングのイメージって何かありますか?」「ホワイトニングでご存じのことはありますか?」と声をかけ、相手の疑問を聞き出し、相手がどのくらいホワイトニングについて理解があるかを確認します。
ここでよく話題に出されるのが、オフィスホワイトニングとホームホワイトニングの違い。オフィスとホームがあることは知っているけど、その違いを具体的に理解しておらず、「どちらを選べばいいのか」「自分が何をやらなければいけないのか」が曖昧な方がとても多いです。「どう違うんですか?」とこの時点で聞かれることが多いです。
次に、「普段、どんな順番で歯を磨いていますか?」「どんな歯磨き剤を使っていますか?と言ったオープンな質問を投げかけます。こうすることで、患者さんの現状の習慣を聞き出すことができるので、そのうえで、オフィスとホームの違いについて、患者さん自身の生活習慣に置き換えて具体的に説明します。オフィスは短期間で効果が出るけど後戻りがしやすいことや、ホームは家で自分でやらなくちゃいけないことが負担になりがちだけど自分のペースで進められることなど具体的に示すことで、患者さん自身が「なるほど、自分はこういうケアをすればいいのか」と理解して、できるかどうか判断し、行動に移すことを後押しできます。
患者さんが実際に行動に移すことができた瞬間は、伝える力の効果を実感できる瞬間です。
こうした「Howで質問する」方法は、相手が自分の状況を振り返るきっかけになり、納得感を高めることができるのです。
「否定しない」ことでチーム力を強化する
臨床現場では、スタッフ同士のコミュニケーションもとても重要です。ですが、私が歯科衛生士として初めて臨床で勤務した時に、本当に驚いたのは、スタッフの皆さん、発言するのを嫌がる方が多いなということでした。朝の打ち合わせや報告事項などでも、「人と喋ることが嫌だ」という声を何度も耳にしました。
それはなぜなのか、最初は不思議だったのですが、おそらく、ディスカッション中や個々に意見を求められる場面で、「否定されるかもしれない」という緊張感があるからではないかと、考えました。
そこで、あるコンサルに入った歯科医院で、「否定しない」というルールを取り入れることにしました。つまり、相手が発言した内容に対して、否定的な言い回しを避ける取り決めを作ったんです。
意見交換やディスカッションの場面では、まず一言目にポジティブな反応を入れるようにします。「その意見は新しい視点ですね!」「私も気づかなかった!」といった言葉を添えるだけでOKです。
その効果はとても大きく、それからはスタッフさんがみんな安心して意見を言いやすくなりました。「否定しない」というルールを徹底することで、自由に発言して良い雰囲気が生まれ、今まではあまり発言しないタイプだったスタッフも次第に発言が増えて、結果的にチーム全体の理解やアイデアの幅が広がりました。症例に対するカンファレンスでも自由に意見を出すことができ、後から院長に確認した時にも、方向性の相違が少なくスムーズに治療を進めることができるようになりました。
否定しないルールが浸透したと感じたのは、すごくわかりやすいのですが、スタッフさんたちが仲良くなったんです。ディスカッションの時だけだった「否定しない」ルールが、通常の診療中にもみんなが当たり前のように意識してくれるようになったことで、スタッフ間の理解が深まり、全体的な雰囲気がよくなりました。まさかの効果でしたが、院長からも喜ばれ、私自身とても嬉しかったのを覚えています。
一貫した方向性は患者さんの安心につながる
患者さんに推奨する製品やケア方法の説明において、チーム全体の方向性を揃えることも重要です。
例えば、ある患者さんのKさんは「歯磨き粉なんてどうでもいい」と思っている方だったのですが、私たちはKさんに対して「ざっくり磨くだけでも、フッ素や歯周病予防の薬効成分が入ったものをお勧めする」という方針で統一しました。
このとき、チーム内での説明や声掛けの仕方を揃えることで、患者さんへの伝わり方も統一されます。さまざまな場で同じように声をかけられることで、Kさんも「実は大事なことなのかも?」と気づいてくれる可能性もあります。
結果として、Kさんは「どれを使ったらいいのかわからない」と迷うことなく、自分の生活に沿ったケアを選べるようになりました。チームで一貫したメッセージを出すことが、患者さんの理解と実践を後押しすることを実感した瞬間でした!
「伝える力」の育て方
伝える力とは、単に言葉を上手に話すスキルではありません。それは、相手の立場を理解し、相手の目線に立って情報を整理し、的確に届けること。そして、伝えた内容がきちんと理解されているかを確認し、必要に応じて改善するプロセスの総称です。
私はメーカー勤務時代、そして臨床現場の経験を通じて、この「伝える力」を育てるためにはいくつかの重要な要素があることに気づきました。
まずは「聴く力」を持つ
まずは、聴く力。それは、相手の話をただ耳で聞いているだけではなく、「理解しよう」「自分の中に落としこもう」とする姿勢を持つことです。これによって、相手が抱えている疑問や不安を正確に把握でき、伝える内容を的確に調整できます。
- 患者さんの名前を入れ込む
- 相手を肯定する
- どんなふうに感じているかを聞き出す
患者さんとの会話では、名前を入れて話しかけるだけで、ぐっと会話の距離が縮まります。「◯◯さんは普段どの順番で磨いていますか?」と問いかけるだけで、相手は自分の行動を振り返り、話す意欲が高まります。
さらに、「なるほど、そういう順番なんですね、それ、すごくわかりやすいです」と肯定することで、患者さんは安心して話せるようになります。否定的な意見を持っている場合でも、まずは肯定的な言葉で受け止めることで会話の流れを止めずに理解を深められるのです。
そして、相手がどう感じているか、思いを聞き出すこと。これは難しい場合もあるのですが、メーカー勤務時代、セミナーで質問が出にくい方には個別に「この場面ではどう思いますか?」と声をかけ、意見を引き出すことを意識していました。
こうした「聴く力」は、「伝える力」の土台になります。患者さんやスタッフの話に耳を傾けることで、相手の理解度や悩みを的確に把握でき、より効果的な伝え方を選べるようになるんです。
イラストや動画で視覚化する
相手にわかりやすく伝えるには、伝えたい内容を整理し、目に見えて理解しやすい形で届けることが求められます。臨床現場では、イラストや動画を用いた説明がとても有効です。
ホワイトニング後の注意点やブラッシングの手順を説明する際、言葉だけで説明するよりも、簡単な図や動画を見せることで、患者さんは「こうすればいいのか」と具体的にイメージできますよね。ブラッシング指導では歯の模型を使いながら「こういう角度で当てると歯茎にやさしいです」と示したり、ホワイトニング後の注意点は動画で飲食時の工夫を紹介したりしました。
また、たとえばある患者さんが「説明は理解したけれど、実際やるときに忘れてしまう」とおっしゃっていたので、イラストやチェックリストを作成し、患者さん自身が自宅で復習できるように工夫しました。
スタッフ教育でも同じです。資料や動画を活用することで、指導内容の理解度が高まり、チーム全体での共通認識が生まれます。特に新人スタッフや経験の浅いスタッフには、言葉だけでは伝わりにくい内容を視覚化することが非常に効果的です。
言葉だけで説明しようとせず、目で見てわかるイラストや動画などを活用することで、伝える力は格段に向上します。
定期的なフィードバックと振り返り
伝える力を育てるには、実践の後に振り返ることも重要です。メーカー勤務時代のセミナーでは、セミナーが終わったあと、いつも受講生からアンケートを取って、フィードバックを受けていました。
- セミナーの全体満足度
- セミナーの内容の理解度
- セミナーの流れの満足度
- セミナーのよかったポイント
- セミナーのよくなかったポイント
このような内容をアンケートで聞き取っていました。伝えた内容が相手にどう届いたのか、どの表現が理解されやすかったのかを確認することで、次回に活かすことができます。
歯科医院でアンケートをとることはなかなか難しいと思いますが、細かい部分で相手のフィードバックを得ることはできます。
たとえば、ホームホワイトニングを導入することになったAさん。翌週来院された時に、どの程度自分でできているかを確認したいです。ですが、突然疑問点を聞いてしまうと、実際にホームホワイトニングをやってから湧いた疑問が出てくる可能性がありますので、まずは現状を把握するために、聞き方を工夫して、前回の来院からどういう過ごし方をしたかを聞きましょう。
具体的な聞き方としては、「この◯日間やってみて、いかがですか?」という感じです。「いかがですか」とHowで聞くことで、患者さん自身の感想や思いを引き出すことができ、実際の過ごし方や使い方を具体的に確認できます。
このように患者さんからフィードバックをもらうことで、歯科衛生士として説明したことをどのくらい理解してもらえているかをはかることができます。もしそこで、「どのくらいホワイトニング剤をいれればいいかわからなくて」と言われたら、そこの説明が伝わっていなかったということになりますね。
このような定期的な振り返りとフィードバックを習慣化することで、伝え方の精度はどんどん高まります。特に、相手の反応を観察して柔軟に伝え方を変えられる力は、長期的に伝える力を育てるうえで欠かせません。伝える力は一度身につければ終わりではなく、経験とともに磨かれていく能力であることを強く実感しています。
まとめ
メーカー勤務で培った「伝える力」は、臨床現場でも大いに活かすことができました。
患者さんへの説明では、相手の立場や理解度に合わせて具体的に伝えることで納得感を生み、行動につなげることができます。スタッフ教育やチーム運営でも、聴く力や肯定的な声かけ、フィードバックを活用することで、意見を出しやすい環境を作り、共通の目標に向かってチームを動かせます。
ポイントは、相手の疑問を聞き出す、理解度に応じて表現を調整する、具体的なシチュエーションを示すこと。今日から意識して取り入れるだけでも、患者さんやスタッフとの信頼関係やコミュニケーションの質をぐっと高めることができますよ。














