「歯科衛生士の離職」前編では、歯科医院を辞めていく歯科衛生士たちの本音、そのサインに気付く重要性についてお話ししました。

では、「辞めない職場」を作るためには具体的にどうすればいいのでしょうか。今回は、関係性に焦点を当てた「離職を予防する具体策」について考えてみましょう。
離職防止の鍵は「制度」より「関係性」にある
お給料が良い!とか、福利厚生が充実しているなど、制度が整っていることはもちろん大事なことです。しかし、それだけでは「この職場でずっと働きたい」とまでは思ってもらえないのが現実。必要なのは、特別な制度や高待遇だけではなく、働く人が安心できる人間関係、スタッフ1人1人が「ここにいていいんだ」と感じられる居場所や役割があることです。
実際に現場で働くスタッフの声を聞くと、「待遇は悪くないけど、なんとなく気持ちがしんどくて辞めたい」といった声がよく聞かれるんです。
- ちょっとしたことが言いづらい
- 職場の空気がなんとなくピリピリしている
- 気をつかい過ぎて疲れる
このように「辞めたい気持ち」の背景には、人との関係や職場の雰囲気の問題があることが多いのです。どんなに制度が整っていても、毎日顔を合わせる人たちとの関係がうまくいかないと、職場は息苦しい場所になってしまいます。
逆に言えば、人との関係性がよければ、「少しくらい大変なことがあってもここで働きたい」と思えるようになる、ということ。
毎日どんなに忙しくても、ちょっとした笑顔や気軽な声かけがあると、職場の雰囲気が一気に和らぐことってありませんか?ミスをしたとしても、「大丈夫だよ、次は気をつければOK!」と声を掛け合えることで、気持ちは救われるものです。
スタッフ同士が気兼ねなく話せる、そんな空気があるだけで、「ここは安心できる場所なんだ」と感じることができるんです。
例えば、診療中にアシストについた新人の歯科衛生士。バキュームの角度が定まらず、何度か角度を変えるも、どうも粘膜を吸ってしまう…そんな経験、ある方も多いのではないでしょうか。患者さんが帰った後、うまく行かなかった…と落ち込んでいる時に、先輩から「ごめんね!ありがとう!次は一緒に確認してやってみよう!」と笑顔で言われたら、どうでしょうか。きっとその新人さんは「次はもっと頑張ろう」と前向きな気持ちになれるのではないでしょうか。
逆に、忙しいからといって、うまくできない新人さんが持っているバキュームを無言で引き取り、その後もなんのフォローもしなかったら?そうやってピリピリした雰囲気を出してしまうと、スタッフ同士の距離ができてしまいがち。「こんなこと聞いても大丈夫かな?」「怒られるかも」と感じてしまったその時点で、心の壁ができてしまいます。
だからこそ、院長やチーフだけでなく、スタッフみんなで「雰囲気作り」に取り組むことが重要なんです。ちょっとした挨拶や声かけ、気づいた時のフォローなど、できることはたくさんあります。それだけで、職場の空気はずっと優しいものになると思います。
定着率の高い職場に共通すること
誰かが休んだ時に、「どうしよう、あの人しかわからないのに」と慌ててしまう医院は、仕事が特定の誰かに偏っている証拠です。逆に「今日Aさんがお休みだけど、みんなでカバーしよう」と自然に言える医院は、日頃から仕事の共有や見える化ができている職場です。
人への依存を防ぐためには、マニュアルの整備や定期的な情報共有がカギ。「この患者さんはこんなふうに対応すると機嫌がいいよ」「この人の前回の模型はここに入ってるよ」…といった、小さな情報のやり取りの積み重ねが、安心感と余裕につながっていきます。
そして、「ありがとう」「助かったよ」という一言が自然に交わされる職場は、やっぱり最強!なかなか数値化することができない部分ですが、感謝の気持ちが飛び交う空間は働く人の心を支えます。
私の担当歯科クリニックで、面白い先生がいたんです。そのクリニックではほとんどが歯科衛生士のメンテナンスなのですが、院長が個室に入ってくる時にいつも「あーありがとう、Aさん(歯科衛生士さん)ありがとう〜!じゃ◯◯さん(患者さん)のお口確認していきますね〜」と言いながら入ってくるんです(笑)後日スタッフの個別面談の時に、院長のことをどう思うか聞いてみると…
- いつも感謝してくれるから嬉しい
- 自分がここにいる意味があると思える
- 「ありがとう」しか言ってないけど、むしろそれでいい
- 私たち歯科衛生士を必要としてくれている
と、とても高評価でした。院長のとても柔らかい雰囲気の言い方が面白かったこともそうですが、その「ありがとう」という言葉自体が、歯科衛生士さんたちにとってはものすごく意味のあることだったのです。
感謝の気持ちを伝え合うだけで、疲れがふっと軽くなったりするものですよね。そんな関係性の中にこそ、「この職場で続けたい」と思わせる力があるのだと思います。
「辞めない職場」へのプロセス
スタッフの離職を防ぎたい!でも何をすればいいのかわからない…。そう感じている院長やチーフは少なくないでしょう。
繰り返しになりますが、辞めたくならない職場には、日々の人との関わり方が根っこにあります。少しずつの積み重ねで、「この職場で働きたい」と思ってもらえる空気を育てていくことは、今からでも十分可能です。ここでは、実際に私がコンサルに入った歯科クリニックで導入した、すぐにでも取り入れられる4つのポイントをご紹介いたします。
- 努力や変化を「見える化」しよう
- 話しかけてもらえる存在になろう
- 「続く理由」に目を向けよう
- 「助けあい」が自然に起こる仕組みを作ろう
努力や変化を<見える化>しよう
人は誰でも、「見てもらえている」と感じた時に、やる気を持続できるもの。特に歯科クリニックの現場では、患者さんのケアやアシスタント業務など目に見えにくい努力が多くありますよね。だからこそ、「よく頑張ってくれてるね」「この前の対応すごく丁寧だったね」など、小さな気づきや感謝の声がけがとても大切です。
例えば、新人の歯科衛生士が1人でTBIをして、患者さんの様子も特に大きなことはなく、普通に終了したとします。その時に、なんと声をかけているでしょうか?忙しい現場では「何事もなければ」何も言わない…ということも多いのではないでしょうか。しかしその時に、先輩スタッフから「とても落ち着いて対応していて、患者さんも安心していたよ」と声をかけてもらえたら、どうでしょう。その新人歯科衛生士の自信は、ぐんと伸びます。こうした「ちゃんと見てくれてるんだ」と思える場面が、続けたい気持ちを支えるのです。
この時にやってはいけないことは、注意だけすること。そうすると、「また何か注意されるかもしれない」と萎縮してしまい、新人から行動力を奪ってしまうことになります。
「できていないことを見つけて注意する」のではなく、「できたことを見て言葉にする」。それだけで、辞めたくならない職場の土台はできていきます。
「見える化」という言葉だけ聞くと、一見難しく考えてしまうかもしれませんが、「見える化」とはつまり、「見たことを伝えること」。忙しい日常の中で、ついスルーしがちな「ちょっとした良い変化」こそ、言葉にして伝えてもらいたいんです。
とは言っても、感謝や評価の言葉を口にするのが照れ臭いという人もいるでしょう。ある歯科クリニックでは、人事評価制度を道入して「見えにくい頑張り」を数値化しています。患者さんの処置数、患者満足度のアンケート、スタッフ同士のフィードバックなどをもとに一定の基準で評価する制度を設けました。1ポイントごとに時給がアップする計算方法となっていたので個々のモチベーションも上がり、全体的な歯科クリニックの雰囲気づくりはとても上手くいったと感じています。もちろん数値だけでは測れないこともありますが、「頑張っていることが形になっている」と感じられるだけで、やりがいは格段に違ってくると思います。
話しかけてもらえる存在になろう
個々のスタッフの声を聞くために個別面談を設けているクリニックも多いですが、面談や評価シートだけでは、なかなか気付けない本音もあります。面談も大事ですが、それ以外の時間でもチャンスがあれば積極的に声をかけるようにしましょう。
- 最近どう?疲れてない?
- さっきの患者さん、すごく満足されていたね
- あの患者さん、プラークコントロール悪そうだから、無理そうだったら2回に分けてもいいかもよ
こういった何気ない雑談や声かけの中にこそ、実は信頼関係のヒントがたくさん詰まっているんです。
特に歯科クリニックでは、診療が始まると次々と患者さんが来て忙しく、個別に話す時間はなかなかとれません。だからこそ、朝の準備時間、昼休み、片付けの合間など、あえて会話を生む場作りがポイントになります。
ある歯科クリニックでは、週に1回、スタッフ同士で「今週の良かったこと・困ったこと」を共有する発表タイムを設けています。形式ばらず、笑いもありながら、自然にお互いを知ることができる場です。この時間があることで、普段の雑談もより活発になり、「困ったことを相談できる空気」ができてきました。
スタッフミーティングも、ただの業務確認だけで終わらせるのではなく「最近気になっていること」「こうしたら良くなりそうなこと」などを話す時間にすることで、意見が出やすくなります。
私がよくチーフ歯科衛生士にお伝えするのは、「話しかけてもらえる存在になろう」ということ。常に忙しそうにしていたり、いつも難しい顔をしていたりすると、スタッフは遠慮してしまいます。
「雑談なんてムダ」と思う人もいるかもしれませんが、雑談こそが、辞めない職場の土台を作っていると私は思っています。そう考えると、日常のやりとりがぐっと意味あるものに見えてきませんか?
「続く理由」に目を向けよう
スタッフが辞めてしまった時、「なぜ辞めたのか?」という原因ばかりに目が向いてしまう人も多いと思います。もちろんとても大切な分析ですし、反省から次に生かすことのできる部分です。ですが、実はそれ以上にヒントが詰まっているのが…「辞めない人は、なぜ辞めずに働き続けているのか?」という視点なんです。
今あなたの歯科クリニックに、5年もしくは10年と長く働き続けてくれているスタッフがいるなら、ぜひ聞いてみてほしいんです。
- なんでこの職場で続けようと思ったの?
- 辞めようと思ったことってある?
- 長く働き続けるために、必要なことってなんだと思う?
そんな問いを投げかけるだけでも、見えてくるものがあります。
ある歯科衛生士さんは、「うまくいかないときでもチーフが私も最初はそうだったんだよねと声をかけてくれたのが嬉しくて、私も後輩にそうしてあげたいなって思いました」と言っていました。こうした声は多く、「働き続ける理由」はやはり給料や休暇の条件だけではなく、「人との関係性」にあるのです。
- 感謝されている実感がある
- 一緒に働く人への信頼がある
- 自分の存在がチームに必要とされていると感じる
こういった「心のつながり」や「誰かの役に立っていると感じること」が、スタッフの定着を支えています。
長く働いてくれているスタッフがいるなら、それはその職場に「続けたいと思える何か」があるということです。辞めた人の声ばかりを追うのではなく、今ここにいてくれる人の気持ちに耳を傾けることも、立派な離職防止策なのです。
他にも、続いている人が「どんなことにやりがいを感じているのか」も把握しておくとよいでしょう。そうすることで、その環境を広げていくヒントになります。
この視点で見てみると、スタッフが長く勤務し続けてくれている歯科クリニックでは、好きや得意を生かす配置や、任せ方を工夫しているところが多いという印象があります。人には得意・不得意がありますので、適材適所で人の配置を考えるとそれがやりがいとなり、モチベーションが上がります。
例えば、患者さんとお話するのがすごく好きで、患者さんから情報を聞き出すことが楽しいと感じるスタッフは、初回のカウンセリングが向いていると言えます。機械操作が得意なスタッフには、カルテ入力や口腔内スキャンなどの部分をお願いするとよいかもしれません。このようにスタッフ同士で個人の得意・不得意を共有することで、お互いの強みを再確認でき、尊重し合える雰囲気にもつながっていきます。
「辞めない人は、何を感じて続けてくれているのか?」
この視点を持つことが、辞めない職場づくりにおいてとても重要なんです。
今、ここにいてくれる人の声を大切にすることが、未来の離職を防ぐヒントになります。
「助けあい」が自然に起こる仕組みを作ろう
職場において、「誰かひとりが頑張り続けている」状態は、長く持ちません。特に歯科クリニックのような少人数の職場では、誰かが無理をして回している状況が続くと、いずれ限界がきてしまうでしょう。
大切なのは、「お互いに支え合うのが当たり前」という文化や仕組みをつくることです。それは特別なことをするわけではなく、日々のちょっとした行動や声かけの積み重ねで実現できます。
1人の力に依存しないチーム体制が、「辞めない職場」への大きな一歩になります。
職場で、こんな声かけを口にしたり聞いたりすることはありませんか?
- ◯◯さん、大変そうだから声かけてあげて
- 手が空いてる人、◯◯さんをサポートしてあげて
- 次の患者さん、呼ぶの誰か手伝って!
こうした声かけも大事ですが、これらをいちいち誰かが指示しなくても、みんなが自然に動ける職場ーーそれが、とても気持ちがいい職場です。
「でもそれって、優しい人が集まってるからでしょ」と思う人もいるでしょう。
でも実は、助け合いが自然に生まれる職場には、それを支える仕組みや環境があります。
例えば、「その日、誰が、何の担当をしているのか」が全員に見えるホワイトボード。忙しい人が見えるから、サポートに入ろうと思えるし、自分の役割に迷うこともありません。
- 今日の急患対応は◯◯さん
- 午後のTBIは新人さんが優先的に担当する
- 患者さんの誘導は、気付いた人がチェックする
など、流れが見えているだけで、余計な負担感や不満が減ります。
「この業務は、あの人じゃないとできない」が多いと、誰かが休んだ時に現場は一気に混乱します。また、その本人は頼られることでやりがいがある一方で、「休みの日も休んだ気がしない」というデメリットもあるでしょう。マニュアルや申し送りがしっかり共有されていれば、「この部分は私がやるね」と助け合える余地が生まれます。
そして、お互いに「ありがとう」を伝える文化があることも大きなポイント。
「今、サポートしてくれて助かったよ」「掃除変わってくれてありがとう!」そんな小さな言葉の積み重ねが、助け合いの空気を育てていきます。
ある歯科クリニックでは、スタッフの連携を可視化するために「今日ありがとうを伝えたい人へ渡すメモ」を受付の裏に設置しています。仕事終わり、「今日〇〇さんのあれ、助かったな」と思い出して書くだけ。たったそれだけでも、職場の空気はぐっとあたたかくなります。
助け合いは「やさしさ」だけでは続きません。役割分担や情報の見える化といった仕組みによって、「誰かがしんどくなる前に、みんなでカバーできる体制」を作っていくことが大切なんです。
チーフ歯科衛生士が気をつけるべきこと「自分だけでなんとかしようとしない」
チーフ歯科衛生士という立場になると、「全部自分が何とかしなきゃ」と感じることがあるかもしれません。でも、それ本当に必要ですか?
スタッフが辞めていく職場の中には、チーフや院長が「誰にも頼れない」「任せられない」と感じて孤立しているケースが多くみられます。
- 自分がやったほうが早い
- 誰かに任せて、間違ったら困る
- 他の人ができるか不安
そうやって責任感からすべてを1人で抱え込み、燃え尽きてしまう…これはチーム全体にとっても大きな損失です。
たとえば、新人教育。新人教育もチーフの担当かもしれませんが、「すべてチーフが見る」必要はありませんよね。ベテランスタッフがTBIを教え、アシスタントワークは中堅がフォローするなど、分担して関わる体制をつくることで、スタッフ同士の関係も深まり、自然とチームの連携も良くなっていくものです。
スタッフの中には「頼られることが嬉しい」と感じる人もいます。「◯◯さん、これお願いしてもいいかな?助かるよ」と任せることで、責任感や自信を育てることにつながります。
任せるのが不安なら、「任せた後に一緒に振り返る」というステップを入れてみましょう。いったん任せた後に「どうだった?何かわかんないことあった?」と一緒に軽く振り返るだけでも、成長につながりますし、信頼関係も育ちます。
チーフにとって本当に大切なのは、「自分がいなくてもまわる状態」を目指すこと。つまり、スタッフを信頼し、役割をうまく委ねていくことです。チーフが全部やるのではなく、「チームでどう乗り越えるか」を考えられる雰囲気が、働きやすい職場づくりにつながっていくのではないでしょうか。
まとめ
辞めない職場とは、制度が整っているだけでなく、「自分がここにいていい」と思える居場所と、「自分の役割がある」と実感できる環境がある場所です。
感謝やねぎらいの言葉、日々の雑談や相談できる空気感、そして信頼して任せてもらえる経験。こうした小さな積み重ねが、「また明日もここで頑張ろう!」と思える理由になります。
一人ひとりが「ここで働いてよかった」と感じられるような種まきを、毎日の中で少しずつ続けていきましょう。